Dan

最近の台湾・台東は、陰気な雨が降り、ジメジメと湿気った空気を吹き飛ばす太陽の陽射しが恋しくなるような日々が続いています。高緯度の国から台湾へ来たDan Paiero氏にとっては、台湾東部の炎のように情熱的な夏は過酷なチャレンジでもありましたが、それでも彼の台東へ愛を阻むことはできませんでした。

「台東に住んで7年になりますが、以前は花蓮に住んでいました。花蓮よりも台東の方が好きですね。花蓮は、人が多すぎて、なんだか狭苦しくて閉じ込められているような感じがして…。」土地が大きく人口が少ない北の国カナダで育ったDanは、台東に定住してから改めてリラックスしてゆっくりと深呼吸ができる感覚を取り戻しました。

「台東に来て数年で、この土地に住もうと決意しました。ここが私の家です!」台東での歳月の中で、Danは英語塾で英語を教えたり、暇を見つけては絵を描いたり、また山や海で写真をとったりして過ごしています。原住民の文化にもとても興味があり、台東の山や山々の起伏、どこまでも無限に広がる大海原は、彼を虜にしてやみません。

「台東人は付き合いやすく、自分らしくいられます!」Danは、日本に旅行へ行った時の日本人の緊張感のある付き合い方に触れ、その後、台湾・台北、花蓮へ移り住み、少しずつリラックスできる感覚を取り戻し、台東へ移り住んで、やっと心からリラックスできる感覚を取り戻したのです。Danには、特に思い入れのある台東独特の人情味についての出来事があります。写真が趣味の彼は、よくカメラを担いであちこちで写真を撮っていますが、台東では10人に9人の割合で「手伝いましょうか」、「道案内しましょうか」と声をかけてくれる人々が沢山いるそうです。彼は、よく旅行客に間違えられるんだと苦笑していました。また、5年前に車で大武まで行った時に、カメラだけを持って出かけてしまい、身分証明書など一切持っていなかった彼は、パトカーに車を止められしまったことがあると笑いながら話してくれました。「パトカーが近寄って来た時、『しまった。身分を証明できるものが何もないぞ…』と困っていたのですが、警察は『スピードが速すぎますよ』と言っただけで、そのままパトカーに戻って行ったんです。そして、日焼け止めを取り出して、『ここの太陽は、陽射しがとても強い。この日焼け止めなら、日焼けしないですむぞ!』と日焼け止めを渡してくれたんです。」彼は、この警察の行動にとても感動して「世界でこの土地の警察以外に、このようなことをしてくれる警察は他にいない!」と思ったそうです。Danは、ここの人々は、見返りを求めずに単純に人助けをしたいと思っていて、この貴重なな光景こそが、台東の特徴の一つでもあると話しています。

カメラを通して、Danは台東の原住民や民俗の特色を様々な角度から捉えています。「いくつかの部落の豊年祭に参加したことがあるのですが、近くから鑑賞しているだけのものがほとんどでした。しかし、ある豊年祭でみんなと一緒になって歌ったり踊ったりしたんです。その時、初めて豊年祭の本当の意味とその精神を理解したんです!」旅行客としてではなく、参加者として部落に入ることで、初めて原住民が毎年行う式典の神聖さと重要性を知ることができたのです。「炸寒単爺は台東のもう一つの唯一無二の特色で、すごくクールな行事だと思っています!」彼は、台東の元宵節では特に炸寒単爺の撮影に力を入れています。「私にとって、言葉では言い表せないくらい震撼する行事なんです。言葉で言い表せなくても、写真でなら、煙、爆発、人々を震撼させるこの気持ち…その物語を伝えることができます。」Danは、たくさんの写真を集結させ、炸寒単爺をテーマにした写真集を出版しました。この写真集には、もっとたくさんの外国人に、彼に衝撃を与えた台東民俗の特色を知ってもらいたいとの願いがこもっています。

人々を魅了する台東の特徴を細かく説明した後、Danは、この7年間の台東のグローバル化に対する努力を賞賛しました。もっとたくさんの外国人に台東の美しさを知ってもらおうと、台東地区の英語化は年々進んでいます。また、彼は原住民豊年祭のインフォメーションのバイリンガリズム化などを提案し、原住民文化に興味がある外国人が、もっと情報を得られるようにしてほしいと願っています。

「この台東での暮らしは、とても楽しいです。ここで暮らせば暮らほど開放的な気持ちになり、オープンマインドでいられます。これが、台東の魅力でもあるんです!」Danは、生きていれば煩わしい小さな出来事に遭遇する時もありますが、愛と希望を持って台東での毎日を過ごせば、それも心を満たす要素となると話しています!